2020年1月16日木曜日

思考回路の違いは文化の違い

 エジプト人スタッフとの間で、「近い将来に起こるであろう事態に備えて、今からこれをやっておかなければならない。ただし、それには少しの痛みを伴う」問題について、何度も話し合っているのですが、一向に埒が開かない。このまま放っておけば将来に大きなリスクを背負うことになるということをいくら説いてみても、今、目の前に差し迫った危機がないのだからと、理解してもらえない。
 いちばん信頼のおけるスタッフが言いました。
「目の前を流れるナイルを泳いで渡るくらいなら、1年かけてでも回り道をして川を避ける。それが太古の昔から永英と培われてきたエジプト人の思考回路なんです。」
 なんだそれ、格言か?
明日のことを考えない無計画な人びと、これまで私は漠然とそんなふうにエジプト人をとらえていたんだが、どうやら少し違っていたのかもしれない。今、目の前に少しのリスクがあるのなら、それはなるべく避けて通る。明日にはそのリスクがなくなっているかもしれないし、それは神が決めることだから。
 4500年前、いやおそらくもっと以前から、砂漠の民として生きてきた術なのだろうか。それともイスラームの教えに基づいているのだろうか。おそらくその双方が相まっているのだろう。風土と宗教を土台とする思考回路は、いわば文化なのでしょう。
 国民健康保険も、介護保険もこの国にはありません。民間の保険会社でも学資保険はありません。自動車のいわゆる自賠責保険なんか、事故で死亡した場合でも20万円くらいしか降りません。年金は、月に1万円ももらえれば良い方です。こんなんで、将来に不安はないのだろうか。いや、あるに決まってるんだけど、誰も積極的に考えようとしていないような気がします。
 政情が安定しない世の中であれば、老後の社会がどうなっているかなんて誰にもわからないので、刹那的な発想に陥るのも無理もないと思うのですが、アラブの春を境に政治が安定してきている現代においては、今までのような思考回路では破綻をきたしてしまう。そんなふうに思うのは私たちのような外国人だけなのかもしれません。どんな社会になろうとも、エジプト人はなんとなく、のらりくらりとやり過ごす底力があるのかもしれません。

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