2016年8月31日水曜日

遠来の友と巡るイタリア(その3:ラングドン教授を追ってフィレンツェへ)

 旅は、何かひとつテーマを自分に与えると、より深く楽しむことができるもの、というのは経験からくる持論です。
 友人と共にローマを離れ、車で花の街フィレンツェに1泊の小旅行に出かけました。中年コンビが自身らに課したテーマは、ダン・ブラウンの最新著作「インフェルノ」で、トム・ハンクス演じる主人公ラングドン教授の足跡を追いかけるというものです。もちろん、友人はイタリアに来る前にハードカバーの原作(上下巻)を含む3作を読破してくるという宿題をきちんとこなしています。

 先ずは、駐車スペースを確保しなければなりません。城壁で囲まれたフィレンツェの中心部はZTLと呼ばれる自動車進入禁止区域が相当広範に敷かれており、予め許可のない車は要所要所に設置されたカメラで容赦なく反則切符に導かれます。
 城壁の南の入り口であるロマーナ門(Porta Romana)に接する宿泊施設を先の5月に仕事で利用したことがあったのを思い出し、飛び込みました。幸いにも受付のおじさんがこちらの顔を覚えてくれていて、提携している貸し駐車場をその場で手配、駐車場の人が車をピックアップして行ってくれました。

 さて、このロマーナ門です。何者かに襲撃され記憶の一部を失った上、追われる身のラングドン教授は、ロマーナ門前で待ち構えるカラビニエリ(憲兵)の厳しい検問をかいくぐって美術学校に向かう小道からボーボリ公園に侵入、学生から聞き出した公園内の小屋を足場に城壁を飛び下りてピッティ宮方面に抜ける場面があるのですが、実はこの城壁、外の通り側からは高さがゆうに4~5メートルあるので、飛び降りたら最低でも足の怪我は避けられません。てなことで、いきなり話の設定に少々の無理が判明。

 逃げるラングドン教授は、ピッティ宮からいくつもの建物をぶち抜き(私達が今回泊まったホテルは、まさにピッティ宮とベッキオ橋の中間くらいに位置していて、ホテルの建物の一部が秘密の通路そのものを構成していたのにはビックリ)、アルノ川にかかるベッキオ橋の上に軒を並べる宝石店の屋根の上を通って、ウフィッツィ美術館、更にはベッキオ宮まで繋がる「秘密の通路」への侵入に成功するわけです。
 メディチ家が作ったくだんの通路はヴァザーリ回廊といって、ときどき一般公開され、しかも有料のガイド付きツアーもあるので、知ってる人は皆んな知っています。だから今や秘密でもなんでもない。因みに、ウフィッツィ美術館の廊下からベッキオ宮を空中で橋渡しする回廊への入り口は、扉に固く鍵がかけられた上、ばっちりアラームが設置されていました。開くわけがないのです。あれま。

 小説インフェルノのモチーフは、フィレンツェ出身の作家ダンテが書いた3部構成の叙事詩「神曲」のうちの地獄篇。そのダンテの顔を石膏で型取ったデスマスクを、ラングドン教授はベッキオ宮でうまいこと盗み出します。下がそのベッキオ宮。
 
 ヴァザーリ回廊を使って見事ベッキオ宮に侵入した教授は、いち早く気付いた組織の追手に500人広間の天井裏で追いつかれますが、バランスを崩した追手は布素材の天井を突き破って広間に落ちたとなっていました。しかし、ご覧のとおり広間の天井は、おそらく2mはあろうかというかなり幅広の梁が縦横に渡されている上、その間には明らかに木の板に描かれているであろう絵がはめ込まれていました。つまり、そうそう簡単には落ちそうにないのです。え~っと。

 そしてダンテのデスマスク。お話では鍵のかかるガラス製の棚にその他の物といっしょに陳列保管されていて、係りのおばさんとのやりとりの中でうまいこと持ち出しちゃうとあるのですけど、実際にはこのように単体で展示されていました。ふ~ん。

 話は戻って物語の序盤、裏の主人公であり、人口爆発の抑止を狙った遺伝子ウィルスを開発しパンデミックを謀った生物学者ベルトラン・ゾブリストが尖塔から投身自殺した場所というのが、バディア・フィオレンティーナ教会。
 現場に行き何度も地図と見比べてみたものの、この教会の周囲には、尖塔から人が落ちてきて騒ぎになるはずの広場などありませんでした。グーグルマップでは、教会を含むロの字状の建物の真ん中に僅かな中庭がありますが、そこはまず人目につきそうにない。ふむ。さてはゾブリスト君、スーパーマリオ並みのジャンプで広場まで飛んだか。

 このように、小説「インフェルノ」には、事実とは随分異なる創作の部分がいくつも散りばめられていることが判ってしまいました。本当のことが判って嬉しい気持ちは、小説に騙されていたのがバレてがっかりする気持ちと相殺され、「行って来いでチャラ」でしたけど、まあ旅を楽しめたことは確かです。

 にしても、朝一番のまだ誰もいないミケランジェロ広場から見下ろした赤い屋根のフィレンツェの街並みは、相変わらず絵葉書どおりの息を呑む美しさでしたし、夜に食べたキアニーナ牛のビステカ・フィオレンティーナ(いわゆるTボーン・ステーキ)は、味といい焼き具合といい、言葉でうまく言い表せないほどの絶品でした。 

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