2022年4月20日水曜日

感染したの?してないの?(Covid-19)

  先週の月曜日に細君が熱を出した。一瞬ヤバいと思ったので、即座に家にあった簡易検査キットで抗原検査をしてみたところ、本人陰性。やれやれと胸を撫で下ろしつつ職場に報告して私は出勤。一日を終え家に帰ると、細君が寝込んでいる。熱が上がってると、ふーふー言ってる。測ってみると、39度。翌日、最寄りの無料検査所を車で何箇所か探してPCR検査を受けた。そして更に翌日の昼前に出た結果は、陽性。私は疑いようもなく、ガッツリと濃厚接触者。幸い、細君の熱は水曜日には下がり、以来昨日までの5日間で症状もほぼなくなり、昨日の時点で回復との診断。私はこの間ずっと発熱もなく、昨日受けたPCR検査の結果が今朝無事に陰性と出て、無罪放免。

 と、こう書くと、二人ともブースター接種済だったので軽症または感染せずに済んだから、よかったとなるのだが、果たして本当にそうなのだろうか。カリフォルニアでは新規感染者数が激減しているとはいえ、マスクは外していないし、それなりに結構気をつけて生活している自覚はある。それに、濃厚接触に当たるようなコンタクトを伴う行動はほぼほぼしていない。ならば、いつどこから感染したんだろうという疑問がいつまでも残る。あらゆる可能性のどれもが完全に否定されないからだ。

 更に、私の場合、なんならロスに転勤してくる直前の数日間はガチで感染を疑う体調だったし、もっと言うと先週細君が熱を出す少し前の数日間は、私の方が軽い頭痛とうっすらと喉の痛みに見舞われていた。とすれば、実は先に私が感染していて、でも極めて軽い症状で済んでいたまま細君に移した可能性もある。ただ、その時に検査をしていないので、今となっては何も確証がない。

 因みに、PCR検査は専用ダイアルから登録を電話で申し込んだのだが、生年月日だなんだの他に、性癖(ノーマルorバイセクシャルorホモ)、人種、家で話す言語の種類なども質問された。コロナといったいどういう関係があるんだろう。

 4階のアパートのベランダから、薄紫色の花を咲かせ始めたジャカランダの樹を目の前に見下ろす形。わかり難いが、枝のてっぺんに近いところにカラスが巣を作り、雛を大切に育てている。ジャカランダの樹もカラスの巣も、こんな角度で見るのは初めてだが、悪くない。

2022年4月12日火曜日

LA生活開始18(セトルダウン)

  LAに転勤してきてから、ちょうど3ヶ月が経過した。長いと言えば長くも感じるし、あっという間だとも思える。時間の感覚というのは実に曖昧だ。

 この3ヶ月の間に、銀行口座を開けた。携帯のSIMを買った。ホテルで3週間を過ごした。IDカードを取得した。社会保障番号をもらった。叔母ファミリーとの付き合いを開始した。マツダCX-5をリースした。短期アパートに移った。家探しで20軒くらいの物件を見て回った。運転免許証を取得した。クレジットカードを作った。中古のメルセデスを買った。海の近くのアパートの契約を交わして引っ越した。たくさんの家具を買って組み立てた。ゴルフに行った。TVとインターネットの回線契約をした。電気、ガスの契約をした。息子の学費を送金した。

 と、書き出してしまえば大したことがないようにも見えるけれど、いちいちなんだかんだとそりゃ結構大変だったわけでして、ここへきてようやく、ほんとうにようやくLAにおける生活のスタートラインに立てたかなと思える程度にセトルダウン出来たのです。

 買ったばかりのソファでふっと落ち着いてみると、マスターズでは松山英樹君が前年覇者として立派な振る舞いと粘りのプレイを見せてくれたし、渋野日向子君も米ツアーで頑張っている。そして、大谷翔平君をひたすら応援するMBLも、すぐ近くのアナハイムで開幕を迎えた。LA生活開始と題した一連のシリーズ投稿はこれくらいにしておこう。軍資金は底をつきかけていて心許ない限りだけど、これからは生活立ち上げのために時間と体力を費やすこともなくなるから、ゆっくりのんびり楽しい西海岸ライフを過ごしていけるといいな。


2022年4月4日月曜日

LA生活開始17(西海岸でゴルフ)

  今日は、従兄弟2人と一緒に、久しぶりのゴルフをしてきた。家から車で20分くらいのところにあるSepulveda Golf Complex。起伏がほぼない真っ直ぐなホールが多く難易度は決して高くないが、メンテナンスは行き届いているから、リラックスした中でも楽しくラウンドできる良いコースだ。電動カート込みのグリーンフィが63ドル。週末で割高とはいえ、まずまずでしょう。今日は渋野日向子も頑張ったみたいだし、俺も頑張る。

 ときに、60歳になったら、LAのパブリックコースを平日なら20ドルでラウンドできるGolf Cardのメンバーになることを勧められた。年寄り割引ということのようだ。還暦を迎えるのが少し怖いのよねと素直に打ち明けると、私より少しだけ年上の従兄弟たちが、「俺らも60になる前はそう思っていたけど、いざなってしまうと何も変わらないし、むしろ60歳ってまだ若いよなって思えてくるもんだよ」と、少し勇気づけられちゃった。

 ゴルフの後、従兄弟の家に呼ばれて飯をご馳走になった。例のブツを見せてほしいと言うと、ニヤニヤしながらガレージに案内された。電動シャッターを開けると、白いハーレーがドカンと鎮座している。何ていうモデルなのか聞いてすぐ忘れたけど、後ろのタイヤが30センチくらいありそうな極太で、バンス&ハインズのマフラーに換えられていた。それを指摘したときの従兄弟の嬉しそうな顔ったら。

 何より、無数の工具やヘルメットや自転車が壁に吊り下げられたガレージが、羨ましくて仕方がなかった。「この中でコーヒー飲みながら、音楽聴きながらバイクいじりしてたら、何時間でもいられるのよ」と。そりゃそうだろう。全ての少年の夢だもん。でも、俺的には、ブロンドガールのピンナップを壁に貼っておいて欲しかったな。

2022年3月30日水曜日

LA生活開始16(交通規則)

  日本とアメリカの交通規則の違いで、最初にびっくりするのは交差点での右折(左ハンドルだから日本だと左折ね)ではなかろうか。アメリカでは、赤信号でも特段の標識がない限り、一旦停止して左から直進してくる車がなければ右折出来てしまう。まことに合理的なんだが、特に右折専用レーンでこれを知らずに信号が変わるのを待ったり躊躇っていると、確実に後続車からクラクションを鳴らされます(ハイ、何度かやられました)。で、厄介なのは、例外があること。信号赤で右折禁止という標識がある場合は、信号に従わねばならない。でもこれが結構小さかったり、街路樹で隠れたりしていることが少なくないんだよ。

 速度規制は結構広く知られているところだろう。市街地では標識に従えば良いが最高でも40マイル、高速道路は65マイルと覚えておけば、大きな間違いはない。とは言え、高速では70マイルを超えるスピードでガンガン走っているし、日本で言う走行車線・追越車線の区別がない。右からも左からもバンバン抜かれるから結構怖いです。

 道路標識で何じゃこりゃと思ったのが、これ。PED XING。なんて読むのかさえ解らないし、まるで意味不明。しゃあないからググってみた。PEDは歩行者(Pedestrian)、XINGはクロッシング(Crossing)をXmasみたいに略した形。つまり、歩行者横断注意ってわけだ。解っちゃえばなんてことないんだが、果たして略す必要があったのだろうか。そういえば、車で交差点を曲がる際、横断歩道を渡る歩行者がいる時は、相当手前で停止して歩行者が渡り切るのを待つのが交通ルールであり、運転マナーであるようだ。歩行者が「ひょっとしたらこの車、止まらないで曲がってくるんじゃないかしら」という不安を少しも起こさせてはいけない、ということなのだろう。これは評価したいと思ったな。

2022年3月28日月曜日

LA生活開始15(何でも売ってる)

  ロサンゼルスは、実は世界で最も在留邦人が多く住んでいる地域なのです。ニューヨークでもロンドンでもパリでもなく、ロスなのです。だからと言っては身も蓋もないけれど、ここにはびっくりするほどたくさん、日本のお店があります。

 中でも、多数の日本人が居住するトーランス地区には、日本食料品や日用品を扱うスーパーがいくつもあって、その中でも最大規模を誇るのがこれ、Mitsuwaです。日本の人口10万人未満の街にあるスーパーを遥かに凌駕する規模と品揃え。北海道のお菓子メーカーであるロイドや、有名ラーメン屋などの店舗も店内にあり、店内にいるとこれがアメリカだと思い出させるのは、商品についている値札だけ。うん、まあ高いわな、そりゃ。

 てなことで、エンゲル係数さえ気にしなければ、日本にいるのとほぼほぼ変わらない食生活を送ることが当たり前にできてしまいます。エジプトに暮らしていたときの状況と比べると、1対100どころか、0対100と言っても過言でない。だって、エジプトでは100万円出しても焼酎はどこにも売ってませんでしたから。ああ、そういえば、品揃えこそ違いますけど、セブンイレブンも百均のダイソーもあちこちにあるんですよ。

2022年3月21日月曜日

LA生活開始14(IKEA通いはどこでも同じ)

  今まで行ったどこの国でも、生活の立ち上げにはIKEAに何度も通うことを避けて通れない。ここLAでもそれは同じ。幸い、アメリカのアパートは、冷蔵庫や洗濯機といった白物家電はデフォルトで付いているところが多い。とはいえ、それ以外は何もないから、ベッド、マットレス、ソファ、食卓&椅子、テレビ台といった基本的な家具はいの一番で揃えないことには生活にならない。既に3週連続でIKEAから大量の家具を買ってきては組み立てるという作業を繰り返した結果、結構キツい筋肉痛と引き換えに、ようやく人の住める状態にまで漕ぎ着けたのが、この土曜日。

 あまりに疲れたので、日曜日はアパートの裏手、つまり海の方まで散歩をした。空は雲ひとつない晴天、爽やかな風、同じように散歩を楽しむカップルや犬を引いた老人たち、椰子をはじめとする南国らしい樹木、無数のヨットが綺麗に並ぶヨットハーバー、それらひとつ一つが、西海岸に住んでいることを思い出させてくれる。やたら物騒で暗く汚い雰囲気のダウンタウンとはかけ離れた景色だ。この環境を求めて、片道1時間の通勤にも腹をくくったのだ。

 エジプトから発送した船便は、今頃どのあたりの海にいるのだろう。コロナ禍で国際貨物は大渋滞と聞くし、輸送費もアホみたいに高かったけど、服やギターや、いろいろと生活を彩るものが到着するのを、首を長くして待っている。


2022年3月15日火曜日

LA生活開始13(すったもんだの引越し済んでようやく生活スタート)

  前回の投稿から随分と時が流れたのは、それだけいろんなことがあったという訳だ。

 まず、ダウンタウンの仮住まいアパートからの引越しが延期になった。引越し先のアパートの住人の退居が遅れた上に、退居後の状態が悪く、内装修理に時間がかかるという理由で、5日間も入居を送らせて欲しいと。管理会社からその連絡が来たのが引っ越しの前日午後。なんでやねーんと叫びつつ、バタバタといろんな手配をやり直して対応できたから良かったものの、仮住まいアパートを延長出なかったらどうしてたんだろうと思うと、背筋が寒くなる。

 HPも一気に削られたけどメンタルがもっとやばかったので、その週末はビーチに繰り出し、旨いイタリアンを食ってから太平洋を眺めた。Hermosa Beach。きれいな砂浜にはビーチバレーのネットがたくさん並び、夏の人出を待っているよう。やっと、というか初めてくらいに西海岸を感じることができたかな。

 そして、なんだかんだあってようやくMarina del Reyのアパートに入居したのが3月9日のこと。それから今までの間は、腕と背筋の乳酸地獄。つまり、もう嫌ってくらい荷物を運び、IKEAで買った家具を組み立てる毎日。SUV車と電動ドリルを買ってこれほど良かったと思ったことはないもん。