2012年1月31日火曜日

MB50Z (8)

 リアは、フェンダーレスにしようと企んでいます。
 その代わり、インナーフェンダーをスイングアームにビス止めする形を想定し、フレームに天井のようにへばりつくはずの泥よけパーツから三次曲面のおいしいところだけを切り取って使います。足りない(三角の)部分は、プラ板で補いました。
 ただし、これだけだと左右がスイングアームの幅に届かず、上手く設置できません。そこで、プラ板の下敷きに上から接着してしまいます。

 接着剤が乾くのを待って、不要な部分を慎重に削り取り、ついでに何となくそれっぽい形に成型してみました。しかし、このままだと左側はおそらくチェーンが干渉します。フェンダーに逃げを設けるか、またはチェーンカバーと一体形成にしてしまうか、もう少し製作を進めて仮組みできた段階で、判断したいと思います。

2012年1月29日日曜日

モノクロのparis(ルーブル~オペラ界隈)

 青空も見える日曜日。寒かったけど、カメラ小僧になってきました。
 先ずはルーブル美術館の脇を通ってコンコルド~シャンゼリゼに続くリボリ通り。軒下のような歩道には、土産物屋が並びます。因みに、週末のこの界隈で、路上に駐車スペースを見つけることはほぼ不可能ですので、車は素直に地下の有料駐車場に入れましょう。

 ご存知、ルーブル。この時期だから、日曜の昼でもこの程度の人出しかありませんが、観光シーズンともなれば、入口になっているピラミッド前には、入場券を求める長~い行列ができます。Parisに来られる場合には、観光案内所であらかじめ数日間有効の美術館・博物館共通パスを購入されることを強くお勧めします。行った先々で行列する時間が一気に短縮できますから。

 パレ・ロワイヤル脇のカフェ。この寒いのに(日中で3~4℃でした)日陰のテーブルに陣取るツワモノも少なくありません。

 ルーブルからオペラ通りを上がったつきあたりは、オペラ座です。右手前の丸い塔は、街のあちこちにある広告掲示用のスタンド。お洒落です。
 オペラ通りから左右に入るいくつもの路地には、ラーメン屋をはじめとする日本レストラン、銀行、食料品店、旅行代理店、BOOKOFFなど、たくさんの日本企業が集まっています。

 ヴァンドーム広場。カルティエ、ブルガリ、シャネル、ピアージェなどフランスを代表する有名高級ブランドのブティックが、豪華さを競うように軒を並べています。オヂさんにはほとんど関係のない場所ですけど。

 オマケは、ミニモニならぬミニ3連発。どれでもいいから、1台くれないかなぁ。

2012年1月27日金曜日

MB50Z (7)

 リア周りの部品を一つずつ手掛けています。
 スイングアームの、サスを受ける部分のモールドが変です。スイングアームを縦に割って、サスを両側から挟むようにして接着する構造。プラモデルには、いろいろな「嘘」がそこらじゅうにあって、でもその中には、まあしゃあないかと許せる嘘と、いっくらなんでもこれは許せないという嘘があります。このスイングアームは明らかに後者。

 許せないのなら、自分で修正するしかないのです。
 ガッチリ接着した上で、極小ボルトが通る孔を開け、六角ナットで締めるという、嘘のない形にしました。胸のつかえがすぅっと降りたような気がします。

 これは、キャリパーをスイングアームに繋ぎとめるトルクロッド。上の黒い方が、キット部品に軽め穴を開け、左端を細めるべく加工を試みたもの。結果、孔は見事に波打ち、細めた部分も実にカッチョ悪い。哀れ採用することが出来なくなってしまいました。
 仕方がないので、2mmプラパイプや1mm真鍮線を使って自作したのが、下のもの。う~ん、イマイチか。ひょっとしたら、もう一度作り直すかもしれません。調子が悪い時もあります。

2012年1月22日日曜日

MB50Z (6)

 リアは、ドラム・ブレーキです。
 ゆくゆくはバックステップを作る予定としていますので、そうなるとブレーキロッドの取り回しが上手く行くか、スイングアームなどと干渉してしまうおそれもあります。ならばロッド式からワイヤー式に変更すれば、自由度は高くなります。いや、それならいっそのこと、ディスク化してしまったらどうだろう。
 この時代の原付スポーツで、リアにディスク・ブレーキが奢られていたモデルは一つもなかったと思います。YAMAHAのRD50ですらドラムでした。そこで、ものは試しと、ディスク・ブレーキを作ってみることにしました。
 1mmプラ板を何枚も切り出して、一つずつパーツを作っていくのですが、全て正確な同心円になっていなければならず、結構時間がかかります。ローターの孔開けも、予め定規で線を引いてから位置決めをしました。

 キャリパーは、キットのフロント用を流用しました。キャリパーのステーは自作、トルクロッドをつなぐ部分まで一体形成です。まだ一部のパーツは未塗装ですが、一番外側に厚さ2.5mmのスペーサーをかませて、高さの辻褄を合せてあります。
 このディスク・ブレーキ、ホイール自体には接着しませんから、いつでもユニットごと取り外して、ドラム・ブレーキと交換することが可能です。全体のバランスの中で、どちらを選択するか、あとで検討することにしましょう。
 ホイール上部にちらっと見えるエア・バルブは、1mm真鍮線の先端にゴムパイプを被せたものです。

2012年1月20日金曜日

MB50Z (5)

 フロント・フェンダーです。
 まだ金属製でクロムメッキのフェンダーが主流だった当時にあって、FRP製で、しかもデザインがとてもレーシーなものでした。ところが、現代の目であらためて見てみますと、やたら前後に長く、どこか垢抜けない雰囲気に思えてしまうから不思議です。

 前後の長さを詰め、サイドも大きく肉抜きしてみました。
 このパーツ、さすがは再販されたばかりのキットだけあって、着色プラとは思えない粘りがあって、とても工作し易いです。

 嬉しくなって、仮組みしてしまいました。
 三角コムスター・ホイールは、MB-5を特徴づけるアイデンティティの一つですから、手を加えずにそのまま使います。ただ、キラキラのメッキリムとのツートンではなく、リムもブラック塗装して、足元を引き締めることにしました。ややオーバーサイズかと思ったバッテン・キャリパーも、許容範囲に収まったのではないかと思います。
 このあと、目立たないデザインのスタビライザーを付けるかどうか、悩んでいます。なんとも細いフロントフォークですから、剛性が不足しているのは明らか。でも、非力な50ccですので、車体全体をしならせるように乗るのが正解なのかもしれません。

2012年1月18日水曜日

MB50Z (4)

 ディスクローターの大型化に伴い、キャリパーも強化します。
 ジャンク箱からどこぞの大型車用の部品を探し出しました。ただ、そのままではサイズが大きいので、横や裏側の贅肉をごっそり削り落しました。そして、全面のピストン部には0.3mmプラ板を切り出してこんなふうに。
 そうです。知る人ぞ知る「バッテン・キャリパー」です。一説によるとNISSIN製らしいのですが、ロゴを入れた途端にメーカーの契約料が跳ね上がるため、ロゴ無しバッテンのみのローコスト仕様で、ホンダ車に多用されていました。

 晴れてローターと共に塗装した図。ああ、これノーマルだと言われれば、そう見えなくもない。そんなさりげなさが表現できたでしょうか。もちろん、フロントフォークのボトムケースにポン付けできませんので、ステーを自作して調整する必要があります。

2012年1月15日日曜日

モノクロのParis(凱旋門~シャンゼリゼ周辺)

 良く晴れた日曜日、カメラを首からさげて、散歩に繰り出しました。
 実は今年がParis勤務最後の年となるだろうから、今のうちにParisの街をちゃんと写真に残しておこうと、かねがね思っていたのです。今日がその初日。
 どこを切り取っても絵になるParisを、そのイメージを崩すことなく写真に残しておくためには、やはりモノクロだろうと思います。基本的に絞り気味に、露出もアンダーでいきます。
 先ずは、スタート地点らしく、凱旋門から。

 凱旋門を背に、シャンゼリゼ通りをルーブル方向に向けて。
 シャンゼリゼは片側4~5車線(路面に車線がひかれていませんから、適当です)の広い通りです。オヂさんは、コンコルド広場から凱旋門をめがけてシャンゼリゼを車で真っすぐ上がってくる時が、最もParisに住んでいることを実感します。

 有名なナイトクラブ、LIDOの前あたり。鳩に餌をあげるオジさんは、世界中どの街にもいるのですね。

 シャンゼリゼをクレモンソーで右に折れ、グランパレの前を通ってアレクサンドル三世橋を渡ると、正面にアンバリッドが見えます。モペッドのシルエットが小粋です。なるべくなら、このようにバイクが構図のどこかに映り込んでいるようにしたいと考えています。

アレクサンドル三世橋の欄干。

 シャンゼリゼに戻ってきました。絵葉書を売るキオスクも、絵になります。
 本日の出費は、ホットドッグ代2ユーロだけ。およそ3時間ほどの、良い散歩でした。