2013年10月31日木曜日

モンキーBAJA (その7)

  フロント・フェンダー。キット部品には眩いばかりのメッキが施されていて、もうやんなっちゃうほどピッカピカです。
 でも、BAJAのフェンダーは、オフロードモデルらしく、フロントフォークから前の部分がカモノハシのくちばしのように幅広になっているのです。

  折角のきれいなメッキは、工作の邪魔になるので落とします。メッキ落としはキッチンハイターなら一発なのですが、面倒なのでヤスリで。
 中央部には縦にスリットのような窪みが認められるので、ナイフで削り込みます。さらに、裏側からプラ板を接着して幅を広げるための基礎を作ります。

 プラ板との境目にエポキシパテを盛りつけ、おおよその形を出していきます。パテが固まるまでしばし待ちましょう。

2013年10月29日火曜日

TAMIYA☆★の新製品(物欲)

リンクいただいているYASUさんから、TAMIYAが1/6ビッグスケールの新製品を発売するらしいとの有難い情報を聴きつけ、早速hpをあたってみました。ショベルヘッドの1975年モデル11月2日発売予定。10,500円也。なるほど。
 オヂさん、ハーレーは必ずしもストライクゾーンではないのですけど、このスーパーグライドなら、作りがシンプルな分、カスタムの余地が大いにありそうです。
 そっくりかえったディメンションを前傾姿勢に変更して、カフェレーサーふうに改造したら、ちょっと面白いかもしれないなぁ。。。と、ハーレーファンから叱られそうな妄想に少しだけかられています。
 ヨーロッパの市場に出回るのは年末あたりか。150ユーロくらいの値段になることが予想されます。サンタさん、よろしく。

2013年10月27日日曜日

モンキーBAJA (その6)

 フューエル・タンクのスクラッチ製作続きです。
 先ずは、ネットで拾った画像資料を元に、厚紙で縦方向の型紙を作ります。各パーツの長さや角度はもちろん現場合わせです。

 型紙に沿って1mm厚プラ版を切り出し、マスキングテープを使いながら箱組みしていきます。接着剤をたっぷりと塗り、プラ材を溶かしながらの接着となります。天板にはフューエルキャップがハマる穴を開けておきました。

 縦方向に組んだ部分の固着を待って、両サイドにプラ板を貼り付けていきます。ただし、複雑な三次局面で構成されているため、いきなり厚いプラ板を貼ることは不可能です。0.3mm厚プラ板を1枚ずつ重ね貼りしました。
 そして、接着した各部を裏側からエポパテで補強しました。強度確保と、角を削り込んだ時に突き抜けてしまわぬようにするためです。
タンクの下側ラインには、プラ板をぐるりと貼り付け、溶接リブも再現。もう少し角を落とした後、サフを吹いて様子を見ることにしますが、今の段階でもほぼイメージした形になってくれました。

2013年10月25日金曜日

買っちまいましたぁ~

 やってもうた。勢いで買っちまいました。でも、激しく嬉しいのです。小躍りしております。今回は結構リサーチしまして、納得のいくものを納得の価格でゲット。

 ブツは、富士フィルムのX20。コンパクト・デジタルでありながら、ちゃんと覗けるファインダーがついています。歴史あるフジノン・レンズ(望遠側でもF2.8と抜群に明るいのです)を保護するフィルターとセットの、超かっこいい金属フードがそそります。全体の感じは色濃くクラシックで、革のストラップでキマリです。
 重たい一眼レフは、これでめっきり出番がなくなってしまうかもしれません。

2013年10月20日日曜日

モンキーBAJA (その5)

 世の中には実にありがたいサイトがあるもんです。
 今回、ノーマル・モンキーをBAJA仕様に変更するにあたり、実車の見えにくい部分の構造がどうなっているのかを知ることができる画像が、なかなか見つからないという困難に直面していました。
 
そんなときに偶然見つけたのが以下のサイト。
 日本の4大バイクメーカーのほぼ全ての車種を網羅する純正のスペアパーツ・リストが、図解入りで掲載されています。
 これは、実車を整備する人たちはもちろんのこと、今回のようなケースではモデラーにとっても非常に重宝する訳でして、しかしオランダのこの会社は、そんなふうに使われることもあるなんてことは、きっと思いもよらないのでしょう。
 

http://www.cmsnl.com/

 明日から出張のため、週末まで更新できません。あらかじめご了承ください。

2013年10月17日木曜日

モンキーBAJA (その4)

 外装パーツに着手します。
 フューエルタンクは、キットの底板の部分を使って、そこからプラ板を立ち上げて行こうという計画。しかしBAJAのタンクは、ノーマル・モンキーよりも縦にかなり短いようなので、写真などを見比べながら目見当で底板を削って形成していきます。

 タンク全長が短くなることによって、フレームのマウント位置もずらさなければなりません。1.5mm厚のプラ板に六角ナットを埋め込んだ丸い台座を作り、フレームにしっかり接着しました。こうすることで、いつでもボルトオンで着脱可能となる上、タンクを水平に固定することができるようになりました。

 削り込んだタンク底板をフレームに載せた状態です。この赤い着色プラ材は粘り気があるので、ひび割れを気にせずにナイフで削ることができて、工作し易い。
 さあ、ここから先が大変です。
 

2013年10月15日火曜日

今日のチンク

 うちのアパートの窓から見えるご近所の様子です。今日のチンクは、「ウォーリィを探せ」又は絵本「ミッケ」みたいに、景色の中に隠れていた1台。

 ほぼ中央、ずい~っとズームしてみました。思わず「見~つけた」と声を出してしまいました。

2013年10月14日月曜日

モンキーBAJA (その3)

 こちらも連休でした。模型に向かう時間を長くとることができましたので、引き続きエンジン回りをいじっています。
 マフラーです。膨張室から後ろはまずまずでしょう。テールパイプの合わせ目を消すくらいで十分。
 ただし、エキパイ部はいただけません。エキパイとガードが一体形成になってしまっています。双方ともブラックで塗装してしまうので、質感の違いを出すのも難しく、1/6スケールのメリットがまったくありませんね。熱放射のための穴のモールドがむなしいです。

 あまり考えることもせぬうちに良からぬことを思いつき、真っ二つに。ああ本当にこんなことして大丈夫なんでしょうか。後戻りできなくなってしまいました。

 裏側のエキパイの出っ張りをナイフで削り落としてから、バイスで穴を開けていきます。貫通してしまわないよう、注意しながらの作業です。

 堀りましたよ、ええ。開けた穴を手掛かりに、カッターと棒ヤスリとローターを使って、なんとかエキパイが通るくらいまで。ふにゃふにゃで今にも折れそうでしたが、穴も開けました。

 で、ランナーを曲げてエキパイを新たに造りました。実際、モンキーのエキパイはとても細いのです。径を実測したことはありませんけど、例えるなら親指くらいではなかったか。
 ガードに開けた穴のところどころから向こう側がチラと透けて見え、良い感じです。

2013年10月12日土曜日

モンキーBAJA (その2)

 今回の作品のキモは、何といっても外装パーツのスクラッチですので、エンジンその他はなるべく素組みでいきたいと思います。ただ、タンクやシートカウルを工作するためには、フレームにエンジンを載せるところまでやっておかないと、位置決めができませんから、先ずはいつものようにエンジンから。
 
  過去に何台も作ってきたモンキーのエンジンですから、取説なんか見なくても組めてしまうのです。ただ、何台作っても、いつも許せないのがこのクラッチ部分。エンジン側には大きな穴がポッカリと空き、レリーズもおよそワイヤーを引っ張る構造からかけ離れています。

  そこで、エンジン側には0.3mmプラ板で蓋をします。

  レリーズの方はプラ棒で軸を作り直し、ワイヤーに見立てた細いプラ棒を差し込みました。ケーブルを差すために1mm径と少し太いのですが。。。

レリーズとエンジンの間には針金を撒きつけたスプリングを噛ませました。こんな簡単なディテールアップですが、キットの状態と比べると精密感がまるで違ってきます。

2013年10月10日木曜日

モンキーBAJA (その1)

 去年の11月に「モンキー造るぞ~」と宣言して以来、今までちっとも手をつけていませんでした。モチーフをじっくり探していたというと聞こえは悪くありませんけど、転勤とかいろいろあったもんですから。。。
 とはいえ、過去の作品をレストアしてばかりもいられないので、やります。今回のお題は、モンキーBAJA(バハ)です。
 ご存じのとおりモンキーには様々な派生モデルがありますが、これは1991年に発売されたオフロード仕様。XR250に採用されて人気を博したBAJA仕様を、モンキーにも適用してしまった遊び心いっぱいの1台でした。
  プロテクターにガードされたデュアルヘッドライトや、一体ふうのタンクシート、ロゴ入りの赤シートなどがカッチョ良いです。

 実は、当時のホンダさんはちょっと悪ノリ気味でして、BAJAのタンクの上から被せるだけの巨大なタンクシートを純正オプションとして少量販売していました。パリダカを彷彿させるその名も「AFRICA」。本格的なBIGオフロード・ツアラーの座を独占していた750アフリカ・ツィンのパロディ版なのでしょう。ほんと、マンガみたいです。でもこれ、ダミーですから。
 
 モンキーBAJAは、マイナーチェンジでトリコロール・カラーに進化していて、実はオヂさんはそっちの方が好みなのです。ただ、デカール作成用のきれいなステッカー画像がどうしても見つかりません。なので、仕方なく初期モデルのカラーリングを採用することにします。
 下のデカール画像は、なんとフランス領コルシカ島のDAXオーナーズ・クラブ主宰者のhpで見つけたもの。世の中は広い。そして、4スト・ミニ好きは、世界中のどこにでもいるものですなぁ。
次回から、製作に入ります。

2013年10月8日火曜日

物欲(コンデジ)

久し振りに物欲にかられています。
 ちょっと良いコンデジが欲しいのです。これまで使っていたリコーのR8、何をやらかしちゃったか知りませんが、レンズ中央部に擦り傷がついてしまい、画面がそこだけ曇ってしまうトラブルに見舞われているのがその理由。
 何も新品じゃなくても、中古で十分なので、ちょっと良いのが欲しいのです。用途も、毎日カバンに放り込んで街中のチンクをスナップしたり、プラモの製作過程を撮って拙ブログにアップしたりと、画質を追求する意味はほとんどないのですが、それでも、ちょっと良いのが欲しいのです(しつこい)。
 と思って検索してみれば、まあ、あるわあるわ。各社ずらりと取り揃えておられます。しかも、どれもまあ立派な値札が付いてるんですね。こりゃ新品は望むべくもありません。でも、せっかく買い換えるなら、ピント合わせからシャッターまでのタイムラグが極力短くて、ISO3200くらいまでは常用できて、明るいレンズがついていて、外付けのファインダーがあって、重たい一眼レフをわざわざ持ち出す頻度を少なくしてくれるものが良いなぁ。。。などと望む機能を積み重ねていくと、自ずと高級コンデジの領域に入ってしまうのです。
 
ああ、良いなぁ。欲しいなぁ。でも買えない(涙)。

2013年10月6日日曜日

MB5 (レストア~最終回)

  あてずっぽうでスクラッチしたヘッドライト周りは、結果的にうまく収まってくれました。
 セパハンもガッチリしたものに作り直しました。前後ともに新調した小ぶりのウィンカーは、レンズに透明部品のランナーを使いました。このあたりは老眼の限界です。ヘッドライトのリムにはメタルックを貼り鍍金の輝き。そして、ライトケースの中はややこしいハーネス類がごちゃごちゃと詰まっている(はず)ので、束ねた太いケーブルをフレームに沿ってタンク裏へと配線しました。
 それにしても、ストックの2連メーター・ユニットがでかくてダサい。でも、お金のない少年オーナーは、既に今月のバイト代を使い果たしてしまい、気の利いたアフターパーツをこれ以上は買えないのです。
(アップ画像だからといって、アラ探しはご容赦を。あ、ホーンが付いてないや。)

カウルが壊れたことによるネイキッド化でしたが、してみれば非常にバランス良くまとまったのではないかと。
 こうしてあらためてMB5をまじまじと見ると、当時非常に斬新で賛否両論だったフレームや鋭角的なデザインが、現代でも十分に通用するものだと気付かされます。3本コムスターも良い感じ。なんだ、MBすんげぇカッチョ良いじゃないか。これ、マジで実車が欲しいです。

2013年10月4日金曜日

500回目にして想うこと


 拙ブログの開設から4年弱、今日でちょうど500回目の投稿に達しました。無責任な言い方かもしれませんけど、正直なところ、当初は自身でもここまで続くことを想定できませんでした。良い意味で自分を裏切ることができたのかなと、幾ばくかのしみじみ感と共に、少し振り返ってみましょう。

スーパーカー・ブーム真っ只中の少年時代に作ったプラモデルたち(ハコスカGTRJPSカラーのロータス、6輪タイレル、カウンタックに早瀬のポルシェ930ターボなどなど)を記憶から消し去ることができず、オジさんと呼ばれる歳になってから模型工作を再開した同世代の御仁は、世の中に大勢いると思います。
私もそんな一人です。少年がランナーから部品を切り離す道具は、家にある爪切りでした。車のボディは車種に関係なくアラの目立たない艶消しブラックを太い筆で塗りたくり、マブチモーターに乾電池をセットしては何回か家の中を走らせるうちに壁に激突して壊してしまう、そんなことの繰り返しでした。
ほどなく、世の中がバイクブームを迎える少し前、ソフィアローレンの「ラッタッタ」というフレーズで、ホンダ・ロードパルが売れに売れました。私が生まれて初めて自分で運転したバイクもこれでした。ノーヘルOKの時代です。原付ながら、バイクに乗って走ると、町の景色が違って見えることを知りました。一方では、暴走族のやりたい放題を、キャロルや横浜銀蠅のヒット曲が応援しているようでした。漫画ナナハンライダーに代わって、あいつとララバイ、バリバリ伝説が流行ると、暴走族から一線を画す「走り屋」を自称する若者が、筑波や大垂水などの峠に溢れました。雑誌オートバイの「俺サ」でハングオンを知りました。いつもChampionのジャンパーを着ては小さなバイクを乗り回し、時に無茶をして転倒、骨盤を骨折したことも。上野のバイク屋街にも通いました。憧れのバイクはCB750FやZ2からレーサー・レプリカへと移り変わりました。レース用に開発された工業技術が市販車にフィードバックされると、バイクの性能も価格も一挙に跳ね上がり、メーカーも出力の自主規制を余儀なくされました。やがて3ない運動の広がりと共にバイクブームは急速に息をひそめ、現在まで復活していません。
 
さて、スーパーカーとバイク(加えてサッカーとギター)と、少年~青年期にかけて言わば男の子として当たり前の育ち方をしてきたオジさんは、25年以上の時を経て、これまた当たり前のようにプラモデルに対するセンチメンタルな思いが日増しに膨らんでいました。さりとて人様に披露するほどの工作技術を持ち合わせているはずもなく、恥を忍んで近所のプラモデル屋さんの若い店員さんから、基礎的な工具や資材を教わり、家に帰れば多くの模型達人たちのサイトを見漁るなどして、人知れず、少しずつ、カムバック・モデラーの仲間入りをさせてもらいました。
それでも4年という月日と、高価なキットを買うほんの少しの財力は、オジさんモデラーから恥を捨てさせる力を与えてくれました。文章を書くことが好きというブロガーに共通する資質も、少しだけ持ち合わせていたのかもしれません。アルバム代わりに始めたブログも、これまでの通算アクセスが6万5千を超え、幾つかの作品はTAMIYA★☆のウェブサイトに掲載、ネットで検索すればNAVERまとめなどでもヒットするまでになりました。
飽きずに拙ブログを覗きに来てくださる読者の方々に、あらためて深く感謝いたします。気力と老眼の限界に達するまで、好奇心旺盛な少年の目と心を忘れることなく、しかし肩ひじ張ることなく、続けていこうと思っています。

2013年10月3日木曜日

MB5 (レストア~その2)

  ネイキッド化するために、ライト周りの部品を作っています。
 外径5.5mmのプラパイプでは、内径がフォークのインナーチューブより僅かに細く、そのままではチューブにささりません。そこで、プラパイプに縦の切れ込みを入れ、1mm厚プラ版のライトステーを挟み込むようにして接着しました。
 小ぶりのウィンカーも作り、ライトケースから同軸でセットします。お気に入りのBGMを聴きながら、プラ板から3mmにも満たないワッシャーをいくつも切り出すチマチマした作業にしばし没頭。一日の仕事のストレスが癒される時間帯であります。

仮組みしてみました。主張すべき部分でもないので、後でステーもライトケースもブラックで塗装してしまうのですが、塗装前の無垢の状態が割と好きです。