2022年1月17日月曜日

LA生活開始1

  12日夜9時、自宅を後にしカイロ空港を飛び立ってから実に26時間余りの旅を終え、ロサンゼルス空港に降り立った。時刻は昼過ぎ、気温は20℃弱といったところか。今まさに、アメリカ西海岸での新たな生活が始まろうという瞬間。とは言え、年男にこの長旅は正直過酷だ。HPは限りなくゼロに近い。

 離任前に色々ありすぎたんだ。船便で送る引越し荷物の荷造り、後任との引き継ぎと挨拶回り、送別ゴルフに連日の飲み。そこまでは想定の範囲内。違ったのは、出発1週間前に後任が濃厚接触者になり、後任と接触のあった私が濃厚接種疑いの圏内に。折りしも疲れが溜まってうっすらと風邪気味だったところに感染の可能性が重なり、激弱のメンタルを最高水準で刺激されたもんだから、なんなら微熱と頭痛に見舞われた。フライト前日に不安レベルMAXで受けたPCR検査の結果が出るまでは、本当に生きた心地がしなかった。よもや陽性判定が出るようなことがあれば、自分の赴任が遅れるだけでは済まない。その具体的な影響をシミュレートすることさえ怖かった。心も身体もズタボロ。ゴルフ仲間たちの優しさが身に染みた。

 そんなふうに、すったもんだでエジプトを発ったのに比べて、ロス到着時には陰性証明などの審査すらヌルッと素通りできちゃうくらいの緩さで、すっかり拍子抜け。高層オフィスビルが立ち並ぶダウンタウンには、リトル東京と呼ばれる地区があるが、その真ん中にある都ホテルが当面の宿。荷物を部屋に放り込んで、銀行口座開設など優先度の高いことだけその日のうちに済ませると、夜は新たな職場の前任者と居酒屋で一杯。生ビールも麒麟かアサヒを選べるとは、なんという贅沢。入店時に接種証明の提示を求められ、逆に安心。LA生活初日は、こうして穏やかにスタートしたのでした。



2022年1月4日火曜日

エジプト在留邦人のオアシス「牧野」レストラン

 本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 お正月三が日の最後の昨日、ゴルフの打ち初めの後は、いつものようにザマレク地区に所在するヒルトンホテルに、日本レストラン「牧野」を目指します。カイロ在住だけでなく、エジプトの地方都市に様々な目的で暮らす日本人にとって、レストラン牧野はまさに砂漠に見つけた心のオアシス。乾いた心を潤すように、駒水シェフが懐かしい日本の味で優しくおもてなししてくれます。

 この駒水シェフ、毎週カイロから片道2時間以上をかけて、運河で有名なスエズやアレキサンドリアといった魚港を訪れ、自身の目で確かめた新鮮な魚介類を仕入れてきては、エジプト国内で調達できる食材を駆使して見事に和風のメニューに仕立てます。

 三ヶ日限定というお正月「祝膳」は既に売り切れでしたけど、残り物のお節料理を小鉢に並べて出してくれました。持ち込んだ焼酎のお湯割りをちびちびとやりながら、異口同音に「やっぱこれだな」と膝を打つおじさん達3名。正直、ゴルフと牧野がなかったら、エジプト生活を心身ともに健康に過ごしてくることは到底かなわなかったでしょう。本当にありがとう。本年もお店の益々のご繁栄をお祈り申し上げます。

2022年1月2日日曜日

謹賀新年

 あけましておめでとうございます。


2021年12月31日金曜日

還暦前夜祭なんだが

  あと数時間で2021年が終わり、新しいカレンダーがめくられる。来年は寅年。年男の私は、還暦を迎える。昔、アホな若者だった自分の目に、60歳はひどく年寄りに見えていた。なんならどうしていまだに社会人やってんのくらいに失礼な思いすら抱くことも。今こうして自身がその年齢に達しようとしている訳だが、老いを認めざるを得ない部分と、若者にこれは出来ますまいという経験に裏打ちされた自信とが共存する。

 昨日のゴルフ打ち納めもそうだった。四十代前半の若い世代が中心の12人のミニコンペ。ハンデ差で優勝こそ逃したものの、85のベスグロは還暦イブのワタクシ。9番ホールでバンカーの往復ビンタがなければ80切りも望めるラウンドだった。ドライバーの飛距離も負けてない。でもね、打ち上げでしこたま飲んだ老体には、一夜明けた今日も連チャンでプレイするのは無理ってもんです。まあでも、これまでのところは割と上手いこと「老い」と折り合いをつけてこれたのではないかな。心穏やかに還暦を迎える準備はできているつもり。

 大晦日の今夜は、日本の家族から離れて独り寂しい者同士、気の置けない仲間を家に呼んで、残っている酒と食材を一掃しながら歳を越そうという、早い話が飲み会です。コロナに明け、コロナに暮れたこの一年が終わります。無事健康で過ごせていることに感謝しなければなりませんね。どちら様も良いお年を。

2021年12月29日水曜日

エジプトを離れるカウントダウンは少し複雑な心境

  中東の国にいてクリスマスもなかろうと思われるだろうが、ここエジプトの人口の1割はコプト教という古代キリスト教の教徒なので、ホテルやレストランに行くとそれなりにクリスマスの飾り付けがなされている。まあ、とはいえ還暦手前の単身赴任のおっさんにとって、もとよりクリスマスは全く関係がないイベントだから、極めて静かに、淡々と荷造りしながらイブをやり過ごしましたとさ。

 そして有馬記念は当然に的中することもなく、今日は今年の仕事納め。そしてそして今週末には年が明ける。年始早々には後任に引き継ぎをして、1月12日の夜にエジプトを離れる。既に航空チケットは購入してあるし、超過荷物のバウチャーもゲットした。アメリカのビザも取得済み。ワクチン接種証明もある。後は引っ越し荷物を輸送業者に出して、PCR検査を出発前日に受ければそれで5年弱のエジプト生活が終わる。あと2週間。いよいよカウントダウンだ。

 次の任地はロサンゼルス。そう言うと、10人が10人ともこの人事をうらやむ。私自身も勿論、小躍りするくらい嬉しいし、さんざ苦労させられたエジプトを、というかエジプト人から離れたい。でもなんだろう。モヤモヤする気持ちがどうしても晴れない。

 世界がコロナ禍に陥ってから既に2年弱。この間、世界中のあらゆる場所であらゆる人たちがストレスを溜めて生き残ってきた。辛いのは自分だけじゃない、皆んなそうなんだという自己暗示だけを頼りに。だからコロナ由来のストレスは、モヤモヤの原因から差し引かなきゃならない。

 だとすると、他に何が原因だと言うのか。仕事は確かにスッキリしない。今日言ったことが明日のうちに片付くようなお国柄ではないから、どうしたって後任に頭を悩ませてもらわなければならない課題を残してしまう。自分の中でやり切った感を持ちきれない理由はおそらくそこだ。なんだかんだ言って、昔かたぎの仕事人間なんだろうな。

 でもそれだけか。いいや、やっぱり数えきれないくらいゴルフや酒を共にした仲間から離れるのが寂しいんだ。似たような苦労をそれぞれの環境で耐え、乗り越えてきた同志、いわば戦場で同じ窯の飯を食った仲間だ。思い切り後ろ髪を引かれている気がしてならない。

 そんな折、エジプト人スタッフたちから思わぬプレゼントを贈られた。ギザの3大ピラミッドを模したガラスの置き物。透彫が施してあって、なかなか素敵だ。それから、仕事で大いに世話になった一流ホテルの営業マンからも、エジプト最後の晩は是非当ホテルにご宿泊ください、悪いようにはしませんとの有り難いオファー。公私共に苦労させられた思い出ばかりのエジプト人が、最後に嬉しくなるようなことをしてくれる。少し泣ける。

2021年12月20日月曜日

海外生活の偉大な先輩を偲ぶ

  私がケニアの首都ナイロビに勤務していたのは25年も前のことだ。ナイロビにいた約3年の間には、長男が生まれ、アメリカ大使館がテロで爆破され、日本人学校の校長先生が金目当ての輩に襲撃され殺害されるという事件もあった。35, 6歳という若い私はまだまだ元気で、週末ともなればいろんな企業の駐在員の方々からゴルフ、テニス、麻雀、カラオケなどにお声がけしてもらい、ひたすら働いて、ひたすら遊んだ。

 そんな中でも、ひときわ異色を放つ日本人夫妻がいた。ご主人は、日本で誰もが社名を知っている一流企業を脱サラして、独りケニアに渡ってきた人。スワヒリ語を学び、来る日も明る日も地方の中学校を巡っては、整備などされていないグラウンドを駆ける子供たちを観察し、世界レベルの長距離ランナーとして育つ才能を発掘、仙台育英、山梨学院といった高校や、コニカなどの企業に繋ぐ、いわゆるスポーツ選手ブローカーだ。彼が発掘した選手の中からは、ダグラス・ワキウリや、エリック・ワイナイナといった日本でもお馴染みのメダリストも大勢輩出した。

 心ない人からは、「人買い」などと揶揄されることもあったそうだが、彼の動機はひたすら純粋かつ暖かいものだ。ケニアの地方で明日の暮らしさえ保証されない子どもたちが、自分の身体能力一つで数年後にはメダリストにまで成長する。スポーツ界の名声だけでなく、日本の企業にも就職でき、親兄弟たちを十分に養うこともできる。ケニアで食わせてもらっている自分が、こういう形でケニアにお返しできる。とにかくケニアが大好きで、良い意味で化石のように真っ直ぐな人だった。

 その人が、80歳を目前に、昨日ナイロビで逝ったと知らされた。老衰。43年連れ添った奥様の手を握ったまま静かに永眠についたと聞いた。ナイロビ生活44年。日頃からケニアに骨を埋めると言っていたご自身の言葉そのままに。

 Kさん、あなたにはついに一度もゴルフでかないませんでした。麻雀は私の方が強かったけど、いつもあなたの家で卓を囲んだ時の楽しさと、奥様の作る自家製手打ちラーメンの美味しさは、決して忘れません。何歳になってもお洒落で、いつも麦わらのハットを被り、紺色のブレザーと綿パン、足元はローファーでしたね。ついこないだまで、時折くれるメールをいつも楽しく読んでいましたよ。お疲れ様でした。ゆっくり休んでくださいね。合掌。

2021年12月11日土曜日

エジプトのうろこ雲の下で荷造り

  意外に思われる方も多いかもしれない。ここエジプトでも冬は結構寒いのです。朝晩は10度近くまで気温が下がり、風が強い日は薄手のウィンドブレイカーでは不十分。

 今朝は、寒空にうろこ雲が広がっていた。曇ること自体が珍しいエジプトにいて、うろこ雲を目にすることはそう滅多にない。遠く離れた日本の秋冬の空を思い出して、ちょっぴりセンチな気分にしてくれたので、思わず写真を撮ってしまいました。

 ときに、これって、うろこ雲でホントに合ってるんだっけと、ふとした疑問が。これがうろこ雲なら、それじゃあ、いわし雲ってどんなんだったか。モヤモヤをいつまでも引きずりたくないので、すぐに調べましたよ。結果は、同じものでした。何に見えるかという極めて主観的な判断でどちらで呼んでもよく、実は両者は同じ雲を指すのだそうです。

 寒空の下ゴルフをした後は、荷造りです。ざっと見積もって、段ボール20箱くらいで収まるだろうけど、なにせ残りひと月の間は日々の生活をしながらなので、まだ詰められないものが結構あるから、はかどらないことこの上ない。半年近く前から分かっていたことなのに今の今まで何もしてこなかったおのれの怠惰が招いていることとは言え、やや途方に暮れているのが現状。ある日いっぺんにまとめて集中して取り掛かるという無茶な計画は捨て、一日一個のペースでやっていけば最後は間に合うだろうと、これまた無計画に近いスケジュールを組んでみた。

 今日は、後任者が到着する。ホテルに突っ込んで帰ってきたら、2箱くらいは頑張ろうと今は思っている。