2021年12月5日日曜日

エジプト生活を終えるのだが(まだ観てない場所もあるのにな)

  明日、転勤の辞令が出る。数時間フライング気味の投稿になるが、まあ許容範囲だろう。これまで約4年8ヶ月ほどを過ごしたエジプトをいよいよ離れることが現実のものとなるわけだ。とはいえ、去年の3月からこれまで2年弱の間はコロナ禍で国内旅行すらほぼ出来なかったから、まだ観ていない場所がたくさん残っている。楽しいことばかりではないエジプト生活ではあっても、そういう意味では後ろ髪を引かれる気持ちがないと言ったら嘘になろう。

 そんな折、古代遺跡の宝庫ルクソールで先の11月25日、古代エジプト考古学史上たいへん大きな意味を持つイベントが行われた。カルナック神殿とルクソール神殿を結ぶ全長約2.7kmの「スフィンクス参道」が、長年に及んだ修復を終え、お披露目された。参道の両脇にはアメン・ラー神の守護とされる雄羊の頭部を持つ小型のスフィンクスがずらりと1,000体以上立ち並ぶ。私もここへ2度訪れたのだが、その頃はまだ参道に崩れた瓦礫が散乱していて、途中で途切れていた。それでも、日本からやってきた女子たちは、ライトアップされたルクソール神殿の夜景に涙していたっけ。2つの神殿が参道で繋がれ、3,000年以上前の新王国時代の栄華を想起させるであろう壮観な景色を、是非この目で観てみたい。果たしてエジプトを出発する前にそのチャンスがあるだろうか。

 さて、後ろ髪も悪くないのだが、転勤ということはつまり、日本に帰国することなく次の海外ポストに向かう身なのです。そして私が次に行くのは、なんとアメリカ西海岸。ロサンゼルスだぜ。まあ正直なところ、どんなにポーカーフェイスを装わなきゃと努力しても、滲み出てしまうニヤニヤを隠しきれません。大谷翔平クン、お待たせしました(待ってないか)。ようやく君が100マイルのストレートを投げる姿を、そしてセンターオーバーの大ホームランを打つ姿を、アナハイムのボールパークで応援することができるんだよ。こんな素晴らしいことがあるだろうか。ハァハァ。

 いや、待て待て、モチつけ。出発までにはまだひと月ちょっとある。その間に、引っ越しの荷造りをして、後任との引き継ぎをして、山のような書類をファイルして。。。あれ?間に合うのかしら。

2021年11月25日木曜日

辛いは辛い(からいはツラい)

  昔から辛い食べ物が苦手なのです。ひと口ふた口食べただけですぐに頭皮から汗が吹き出し始めたかと思ったらずっと止まらなくて、首から上ぜんぶがびっしょりになっちゃう。ハンカチなんかじゃとてもじゃないけど間に合わないので、タオルなしで辛いものを食べるのはあまりにリスキーだ。しかも、その後何を食べても味が分からなくなっちゃうから、お金払うのがバカらしく感じてしまうのよ。だから、わざわざ坦々麺を選んでおきながら「ぜんぜん辛くしないでね」と注文すると、店員のお姉さんからは怪訝そうな顔をされるわ、友人からは笑われるわで良い思い出がない。

 そんな私でも、蒙古タンメン中本なんかの動画を見たりすると、ちょっと挑戦してみたくなる時がある。北極は到底無理としても、蒙古タンメンくらいならひょっとしたらイケるんじゃないかと。だって、しょこたんなんかも、辛さの中にしっかり旨味があるとか言ってるし。てなことで、スーパーでこんなもんを見つけたので、買ってきて家で作ってみた。

 どうやら韓国産の輸出商品らしいのだが、真っ赤な袋に黒い火を吹いている鳥らしきキャラが描かれていて、中ボスくらいの迫力はあろうか。そして密かに「2 x Spicy」という邪悪な文字も見逃さない。

 適当に野菜とか卵とか入れちゃえばマイルドになっちゃうんじゃね?みたいなノリで調理してどんぶりに入れてみると、実際、真っ赤だった。

 食べてみた。死んだ。しかも瞬殺。こんな辛いもん、人間の食うもんじゃない。喉も舌も頭皮も全てが熱くて痛い。なのに何故か身体に震えがきて、なんなら寒くすら感じる。なんだこれ。覚醒してんの? それとも何かに転生してしまうの? そして翌朝、トイレでこれ以上ないほどにひどく後悔した。菊◯が弛緩して、腸から煮えたぎる赤いドロドロしたスープをそのまま垂れ流し続けてるみたいな感覚。猛烈に熱い。生まれて初めて、身をもって「辛い(からい)」という漢字が「辛い(ツラい)」とも読める理由を実感しましたとさ。てか、もう一袋あるんだが、どうすんだこれ。

2021年11月17日水曜日

ニッポンの魚はホントに旨いなぁ(回想)

  一時帰国からカイロに戻ってきて半月が過ぎたわけだが、祖国ニッポンで食べた魚の旨さが忘れられない毎日を過ごしている。お金は出すんで食材はワンランク上のものをスーパーで買ってきておくれと細君に頼んだところ、日本酒のアテに食卓に登場したのがこれら。


 金目鯛は一尾3,500円もしたと言って、細君はちょっと興奮気味だった。生姜と砂糖をたっぷり効かせた金目鯛の煮付けが、魚料理の中でいちばん旨いと思う。そして、旬の秋刀魚は目が濁っておらず、新鮮さを物語る。口先がうっすらと黄色みがかっているのは脂が乗っている証拠だと、素人目にも分かる。何よりほんのりと「にがみ」のあるお腹が実に旨い。徳島の友人が送ってくれたすだちを添えて、自然と日本酒が進むこと進むこと。

 そんな幸せな食生活はしかしカイロでは到底望めもしない。実に悲しい。今日は、スーパーで買ってきた鳥のローストを玉ねぎスープにぶち込んで食した。まあこれはこれで食べれなくはないのだけれど、生きていくためだけに食べているってのが嫌になる。海外勤務手当ってのは、日々こういう思いを強いられる代償と考えるようにしているよ。そうでないと精神的にもたないからね。

2021年11月6日土曜日

シン・エヴァを観てみた(今頃?)

  一時帰国したばかりの東京の家で自主隔離という名の軟禁生活を過ごしている間に、劇場で観ることがかなわなかったシン・エヴァンゲリオンを観ることができた。息子がアマゾン・プライムかなんかでアーカイブしていた奴を、iPadで。独りお留守番の昼過ぎ、飲み物、ツマミ、電子タバコなんかを周到に用意して、長い動画だというのでちゃんとトイレも済ませておき、準備万端でバッチ来いとばかりに観てみた。

 鑑賞後の感想は。。。なんだかなぁ。亡くなった嫁と再会したい一心で、世界をめちゃくちゃにしてしまった碇ゲンドウという男の執着心というか粘着力に、ひたすらドン引きしてる間に終わってしまった。いろんな人の解説動画なんかもチェックしてみたけど、どれも「あーそう」って感じで、ストンと落ちない。

 それにしても、綾波ではないレイに人間の心が芽生え始めるシーンには、萌えましたわ。水を入れすぎた風船があっけなく破裂したみたいにLCL溶液に戻ってしまったのはビックリしたけど、初老のおっさんにとってエヴァと言えばシンジでもアスカでもなく、やっぱりレイ一択なのよ。

 てなことを酒を飲みながら考えていたら、件の友人から思わぬプレゼントをいただいた。月間エヴァンゲリオン特別号。表紙も中身も綾波レイ一色。特別企画「本当にあった良い話『あなたと一緒にポカポカしたい』」が収録されているようだ。ビニール袋に入った薄い冊子だが、中身は確認していない。さらに、綾波が描かれたクリアファイルも。友人に100回くらいお礼を言った後、「まあでも、これは開けないけどね」と言い放ってカバンにしまうと、今度は友人が「えぇっ、開けないんすか?」とビックリしていた。だって、こんなもん、いつどんなタイミングで開けるってのよ。そんな心の準備はちょっとやそっとじゃできませんから。

2021年11月3日水曜日

池袋東口最後の聖地〜美久仁小路〜

  東京における私の本拠地、つまりホームグラウンドとして呑み歩く街のことだが、若い頃は中野だった。初めて一人暮らししたのも中野。サンモール街からひと筋ふた筋外れた路地で、自家製の梅干しが旨い居酒屋、オカマのママにさんざ誘惑されたバー、怖いけど優しいヤクザのお兄さん、映画に出てくるような着流しのノミ屋の兄さん、パチプロのおじさんなどなど、若いことだけが自慢の私に、大人の世界の入り口を教えてくれたのが中野だ。

 それが、ここ20年くらいは池袋に替わった。生まれも育ちも池袋という友人がいるのがいちばんの理由だが、いっとき私が王子に住んでいた時も、池袋からならタクシーで1000円ちょっとで帰れたので、銀座や新橋などの都心でやるよりも遥かに便利で、時間を気にすることなく安心して呑めたのが大きい。そんな池袋で呑むといえば、知る人ぞ知る豊田屋だの八丈島といった地元民しか来ない昔ながらの千ベロの店がある西口に専ら足を向けていたわけだが、先日、件の友人が、東口に残る最後の聖地を案内してくれた。

 サンシャインを眼前に見上げる「美久仁小路(みくにこうじ)」がそれだ。ビルの隙間に細い糸を垂らしたような100メートルほどしかない路地は、実は戦後の闇市の頃からあった飲み屋街だそうで、昨今すっかりポップになってしまった東口に今なおこんな昔ながらの風情のある通りが残っていること自体が奇跡的だ。果たしてそこでは、人情味のある小さな構えのお店がひっそりと、しかし暖かく地元客を迎えてくれる。私たちがふらっと入ったお店では、私たちよりもずっと先輩の大将と客のおばちゃんたちが、そこそこ長い知り合いみたいに話しかけてくれる。もっとも、私たち自身もすっかり初老のオヤジたちなので、彼らの側からも、見知らぬ若者に対するような警戒心を持たれることもないのだろう。良い場所を教えてもらった。今度はいつになるか分からないけど、是非また行きたい。それまで残っていてね。

2021年10月31日日曜日

いろいろあったよ一時帰国

  今朝のフライトで、カイロに戻ってきました。練馬の自宅を出てからカイロの自宅に着くまでの間、たっぷり24時間かかった。とはいえ、乗り継ぎ時間の短いイスタンブール経由を利用したので、いつもよりは無駄な時間がほとんどなかったし、日本発着のフライトは結構空いていたから、エコノミークラスでも足を伸ばして眠ることができた。でも、正直なところ、このレベルの長旅は初老の身体に相当堪える。歳だなぁ。

 果たして今回は、ひと月にも満たない一時帰国だった訳だが、いろんなことがあったんす。まず初っ端、日本に到着した翌日に厚生労働省から「アナタの乗った飛行機に羽田空港の到着時抗原検査で陽性となった方がいました。で、アナタは濃厚接触の疑いがあります。地元の保健所にすぐ連絡を入れ、そこから先は保健所の指示に従ってください」と。練馬区の保健所に連絡しましたよ。そしたら、その日のうちに「陽性者の前後2列の範囲の座席に搭乗した方たちは、濃厚接触者と認定します。これから数日間は自宅にこもって、体調の変化に十分気を遣ってください」と。猛烈に迷惑な話だ。で、気が気じゃない数日間を含め、たっぷり2週間、専用のアプリで毎日数回、位置情報と顔映像による追跡確認に対応しなければならなかった次第。まあそうでなくても自主隔離は2週間に変わりはないのだけれど、精神的にキツいわな。結果、おかげさまで体調の変化もなく、感染の事実はなかったと信じる。アストラゼネカ2回接種済みの効果はダテじゃないってことか。

 濃厚接触者認定の名誉を授かった?翌日には、震度5弱の地震に見舞われた。過去の大きな地震があった際はいずれも日本にいなかったので本当にビックリしたし、なんなのもうっていう踏んだり蹴ったりのタイミングだったので、ニホン怖っ、と思ったさ。テレビでは日本沈没っていう物騒なドラマがちょうど始まっていたし。

 感染と余震に怯えながらも、美味い酒を飲んで美味いもんを食ってネットで買い物して見逃していたエヴァンゲリオンを観てというなんともぐうたらな自主隔離期間が晴れて明けると、再び日本を離れるまで僅か10日間しかない。その間に、人間ドック、銀行の手続き、息子たちの買い物、自身の買い物、友人たちとの飲み会、親兄弟への連絡、PCR検査、ハロウィンジャンボ購入(もちろんハズレ)、エトセトラと多忙だ。その間、世の中も、衆院選挙、眞子さんのご結婚など毎日の報道がやかましい。

 あれよあれよという間に楽しい一時帰国は終了してしまい、もうホントに心から嫌だったけど帰路についた。カイロの家の中が大量の蟻で埋め尽くされていたらどうしようという恐怖に駆られていたけど、無事だった。唯一のダメージは、日本からこれだけはという思いで買って持ってきたパターのシャフトが曲がってしまっていたこと。梱包が甘かったんだ。泣きながらぐいぐいと腕力にものを言わせた結果、かろうじて実用にはほぼ問題なかろうというくらいには真っ直ぐに戻ったのだが、もしこれで入らなかったら誰かに内緒で売りつければよろしい。

2021年10月4日月曜日

今日から一時帰国

  今夜のフライトで久しぶりの一時帰国です。昨日PCR検査を受け無事陰性、証明書も入手して、あとは荷物を詰めるだけ。

 日本に着いてからの2週間は自宅で自主隔離という名の監禁生活が待っています。その間の唯一の楽しみは、大好きな焼酎をのんびり飲むことかな。エジプトに焼酎が売っているはずもなく、ずっと我慢を強いられてますのでね。で、オジさん一押しの銘柄がこれ。

 高崎酒造「しまむらさき」。芋です。決して高価なお酒ではないけれど、大人になってから約40年間くらい酒を飲んできた中で、なんならいちばん美味しいと言っても過言ではない。金目鯛の煮付けとか、きんぴらごぼうを肴に、ロックでちびちびとやる至福の時間が待ちきれません。

 とはいえ、隔離明けには恒例の人間ドックが控えているので、呑み食いはほどほどにしなきゃ。