2017年10月6日金曜日

古代エジプト文明と地球外生命体

 こういうタイトルを書くだけで、なんだかドキドキします。
 ルクソールの旅をガイドしてくれたのは、日本語ペラペラのエジプト人でした。このガイドさん、もともといろいろな文字が大好きで、大学でヒエログリフを勉強しただけでは飽き足らず、日本語もついでに勉強したのだとか。古代エジプトの歴史や遺跡に関する豊富な知識は、素人観光客である私たちの知的好奇心を大いに満足させてくれました。
 しかし、そのガイドさんをもってしても、やはり古代エジプトの遺跡には、人間の知恵と技術だけではどうにも説明のつかないものが幾つもあるのだそうです。
 4500年前に作られたギザの大ピラミッドの四辺は正確に東西南北を指していて、その誤差はミリ単位。春分と秋分の日には、太陽の光が四角垂の一辺の角度とぴったりと重なり、影がなくなります。3500年前の様々な遺跡に使われた巨大な一枚岩はどのように正確に切り出され、また、どのように運ばれ、どのように積み上げられたのでしょう。
 現代の科学と技術でもきちんと説明ができないこれらの謎、実はカイロ考古学博物館にひっそりと解説もなく展示されているいくつかの発掘品が、その答えを示唆してくれています。
  黄金の船がどうして車の上に載っているのか解りませんが、前後と真ん中に3体、オールを漕ぐ人間とは明らかに色も大きさも異なる人型の姿が認められます。船頭というより、監督にあたる者のように見えます。

そして船の上の3体に酷似したこの2体に至っては、まんま宇宙人そのものではありませんか。ファラオでもないのに、金箔で覆われた身体、青く光る眼、大きな耳、長い手足、高価な装飾品。きっと特別なステータスを持った者に違いありません。
 UFO大好き、不思議大好きなオジさんとしては、これからも古代エジプトを独自の視点から見ていきたいと思うのでした。

2017年10月1日日曜日

古代エジプトの入口を覗く旅(ルクソール)

 仕事の都合により、今年の夏休みは随分遅い時期になりました。
 エジプトに転勤してきてから半年を過ぎた先週、ようやく古代エジプトの都、ルクソールを訪れることができました。
 カイロからナイル川を南下すること600km以上、飛行機で約1時間の距離にあるルクソールは、約3500年前にはテーベと呼ばれるエジプトの首都でした。
 古代エジプトの歴史は、いわばファラオの歴史。家系(血筋)によって第〇王朝というふうに区切られています。織田家が第10王朝、豊臣家が第11王朝、徳川家が第12王朝などと例えれば解りやすいでしょうか。
 ルクソールに残る遺跡は、大きく言えばナイル川東岸の寺と、西岸の墓。歴代のファラオは没すると東岸の神殿で葬式を行い、ミイラにして西岸の墓に埋葬し、いつか訪れる復活を願ったということです。
 世界最大の寺であるカルナック神殿や、ライトアップされたルクソール神殿は、まさに息を飲むほどの規模、荘厳さ、美しさでした。圧巻という簡単な言葉ではとても間に合いません。そして、60を超えるファラオの墓が密集する王家の谷も、言葉を失う空気に支配されているようでした。

 さて、現存する古代エジプトの遺産の中でも群を抜いて知名度の高いものが、ツタンカーメン王の遺品でしょう。1922年にカーター教授が掘り当てたツタンカーメン王の墓は、王家の谷の第62番目の墓ですが、別のファラオの墓のすぐ真下に位置し、大量の瓦礫に覆われていたため、墓泥棒による盗掘被害を受けることなく、奇跡的に残ったということです。
ツタンカーメンのこの有名な黄金のマスクは現在、カイロの考古学博物館に、墓の中に収納されていた玉座など数々の遺品と共に展示されています。ただし、自身のミイラは王家の谷の墓に今も静かに眠っています。写真撮影が禁じられているのでご紹介できませんが、19歳の青年としても小さな身体でした。
 ところで、ツタンカーメン一族は、歴代のファラオを年代順に並べた古代の王命表に、その記載がありません。第18王朝と第19王朝の間にあるべきツタンカーメン一族が、歴史から抹消されてしまっているのです。
 というのも、ツタンカーメンの父であるアクナートン王は、最高神アメンに代えて実体を持たない太陽神を崇拝することを民に求め、都をルクソールの北300kmほどの別の地に移してしまった、いわば異端のファラオだったからなのです。
 政治や催事を司る神官たちや民の信仰心は、権力だけではそうそう変わるものではありません。アクナートンが変死した後、共同統治者の地位を得て後のファラオとなる妻ネフェリティティもわずか3年で変死、さらに、ネフェリティティとの間にできた子供6人はすべて女の子ということで、下女に産ませた息子ツタンカーメンが僅か6歳にしてファラオに即位したものの、19歳でこれまた変死。最後はネフェリティティの父アイが国を治めたころには、すっかり一族の権力は崩壊していたのでした。
 ただし、王命表にその名を刻むことがなかったことが逆に幸いし、探す者もおらず盗掘から守られてきたというのも、歴史の綾だなぁと思わされます。王家の谷の墓守たちは、その昔、盗掘の限りを尽くした墓泥棒の子孫だと聞いて、これまたなんとも皮肉なもんだと感じました。

 実はツタンカーメンの話には今なお続きがあって、王家の谷の墓、ツタンカーメンの棺が置かれていた玄室の壁の向こうに空間が続いていることが、最近の調査で分かっています。問題は、世界遺産である玄室の壁に描かれた絵に一切のダメージを与えることなくその背後をどうやって発掘するかということです。
 壁の向こうには、クレオパトラと人気を二分するという絶世の美女ネフェリティティの墓があり、ミイラと埋蔵品が眠っているのかもしれないのです。3500年前のロマンは、まだまだ終わっていないのです。

2017年9月17日日曜日

何かしっくりこない

 広く国民に愛されたホンダ・モンキーの生産終了という悲しいニュースは、バイク好きやプラモデラーだけの関心事ではありますまい。
 先の8月末をもって、50周年アニバーサリーモデルを最後に、二度と新車を買うことが叶わなくなったモンキー。限定500台に全国から予約が殺到、抽選となったわけですが、それにしてもそのお値段。ひとつ前のクマモンが税込み約33万円、白赤ツートンのアニバーサリーが約35万円、クロムメッキのスペシャルに至っては約43万円。ネットで見ると、既に高額プレミア付でオークションに出回っており、平気で60万円を超える値札がついています。
さて、私が人生初めてのバイクとしてホンダ・ゴリラを購入したのが高校生の頃、40年近く前のことです。漫画750ライダーで喫茶店ピットインのマスターが乗っていたモンキーよりも少しだけ高かった記憶があり、当時のお値段はちょうど10万円。
 40年前の貨幣価値を現在の市場価格との比較で一様に論じるのは、品目によって随分差があるのできっと難しいのでしょう。で、ちょっと調べてみたのが公務員の初任給。40年前と2017年の公務員の初任給を比べると、約1.7倍になっていました。高卒公務員の初任給が当時8万5千円のときにモンキーが10万円。つまり給料の約1.18ヶ月分。長期月賦を組みましたよ。かたや現在の初任給14万5千円に対して上のアニバーサリーモデルの税抜き定価(40年前は消費税がなかったので)32万6千円は約2.25ヶ月分に相当します。税込にすると約2.43ヶ月に達します。
 では、この40年の間に、モンキーにそれだけの技術革新が導入されたかというと、実はさっぱりです。大きく変わったところといえば、キャブがインジェクションになったのと、バッテリーが6Vから12Vになったくらいではないでしょうか。
 ホンダさんは、モンキー終了の理由を、新たな排ガス規制に対応しきれないからとしています。本当にそうなのでしょうか。車離れ、バイク離れが叫ばれる昨今、やはり最大の原因は販売台数の落ち込みにあって、落ち込みの最大の理由は価格にあるのではないでしょうか。現代の若者たちが初任給の2.4倍を払ってまでモンキーを買うかというと、それは到底無理な相談というものです。
 ホンダのみならず、バイクメーカー各社さんにおかれては、今一度、人とバイクの距離感をこれ以上に広げないような価格設定と、そのためにも技術開発はほどほどに留める勇気を持ってもらいたいと思います。

 他方で、ファンの要請を背景に、四輪も二輪も一部では過去の名車が復活する傾向がありますね。86しかり、スープラしかり。カワサキからは間もなくZ1(Z900RS)が復活すると言います。確かにティアドロップのタンクや特徴のあるテールカウル、2連メーターや4本マフラーにその面影を見ることはできます。大型バイクは今や排気量も様々ですから、わざわざ750ccにスケールダウンしたZ2を出す必要すらないのかもしれません。
 でも、どうでしょうか。エンジン、前後サス、ブレーキ、どこもかしこも最新テクノロジー満載という印象しかありません。確かに良くできているのでしょうし、動力性能的にも相当のお値段を払う価値はひょっとしたらあるのかもしれませんけど、「ああ、懐かしい」とか、「やっぱバイクはこれだよ」という情緒に訴える感想は出てきませんし、何より若者にはおいそれと手の届かないお値段設定に違いありません。若い頃に買うことができなかったけど今ならノスタルジーに大金を突っ込めるオジさんたちがターゲットなのでしょう。
 ひとことで言うと、モンキーも、Z1も、何かしっくりこないのです。
 やはり、乗り物それだけではなく、ツールを超えて生活の中で時間と思い出を共にする相棒、そのために必要なだけの現実的な性能、若者にも求めやすい価格、そういった人とバイクの近い関わり方をあらためてデザインし、スタイルごと提案することが、今の時代に要請されているのではないかなと思います。 

2017年8月15日火曜日

3Dプリンターはモデラーの神ツールなのか

 今日のニュースで、3万円ちょっとで買える家庭用オールインワン3Dプリンターが出たという記事が飛び込んできました。
 「マイクロSDカードリーダーが付属し本体にはLCDディスプレイが搭載されているので、PCレスで出力が可能。寝ている間にPCのない部屋で出力させておくことも可能です。本体サイズは幅210×奥行き195×高さ279mm、2.4kg。最大出力サイズは幅110×奥行き110×高さ125mm。。。」
これはあれでしょうか、3Dデータを作成するためのソフトを追加購入する必要はあるながらも、データさえ作れればプラモの部品なんかにぴったりのサイズってことだと思えてならないのです。なんなら製品開発のターゲットは、実はモデラーなんじゃないかとさえ勘ぐりたくなってきます。
 これまで長いこと、特にスクラッチ製作においては、平たいプラ板を切ったり曲げたりパテ盛りして削ったりという気が遠くなるような作業を強いられた訳ですけど、例えば1/9スケールのロケットカウルがあったとして、それをデータに取り込んだら、このプリンタで1/6スケールで出力できちゃったりするのでしょうか。ゆうに数週間はかかっていた作業がそれこそあっという間に、しかも工業製品と同じような正確さで作れてしまう。
 しかも、これまでは何をどうやってもプラ材では不可能だったタイヤの複製なんかも難なくできてしまう。さらに、実物のデータさえあればジオラマ用のリアルな小物がいくらでも作れちゃったりして。。。妄想をちょっと広げただけでクラクラしてきます。
 モデラーにとってまさに神のようなこの機器が、3万円ちょっとで手に入る時代になりました。はたしてガラパゴス代表みたいな私たちオジさん世代のモデラーは、この先端機器を自分のプラモ工作に取り入れるのが主流となるのか、はたまた「邪道」と決めつけて見て見ぬふりをするのか。悩ましい限りです。

2017年8月6日日曜日

倶楽部ライフ

 カイロは相も変わらず連日気温38度前後の日々が続いています。とにかく毎日、晴れなのです。
 この8月から、ウェスティン・ホテル系列のホテル・スパ・ゴルフがくっついた総合施設のメンバーシップをとりました。自宅から車で約30分ちょっと。
27ホールの素晴らしいゴルフ・コースは、さがなら砂漠のオアシスです。ヤシの木の向こうには広大な砂の大地が広がります。 フェアウェイの緑が、PCで痛めつけられた老眼を優しく癒してくれます。
これまでは、週末が近づく度に、土日を共にラウンドする仲間を探し、スタートの予約をし、早起きして出かける。グリーンフィを支払い、人の練習にも付き合う。4人の中には初心者もいるので、小姑みたいに作法や技術を教えたりしつつ、18ホールでたっぷり4時間半はかかった後、慌ただしくハンバーガーなどをシェアしてつまみ、やおら帰る。。。
 もうオジさんもいい歳です。
 そういう手続きやらなにやらを、煩わしく感じるようになってしまいました。他人を気にせず、気を使わず、もっと純粋に、我が儘にゴルフを楽しみたい。メンバーになった最大の理由も、そこです。
 予約などせず、スタートが込み合わない11時頃にふら~っと行って、馴染みのスタッフと軽く挨拶。年会費を払っているメンバーは、365日プレイし放題です。
 独りで気ままにティオフ。ショットに納得がいかなければもう1球打つことも。電動カートですから、スイスイと進みます。複数人でプレイしている他のメンバーたちは、こちらが独りだと分かれば、気持ち良くパスさせてくれます。18ホールに2時間もかかりません。
ラウンド後は、クラブハウスで生ビールと、お昼。ウェスティンの厨房ですから、これが結構美味しい。今日は、ペンネ・アラビアータ。カウンターでヨーロッパのTV中継を観ながらだと、ビールが進んでしまいます。どうせ運転はおかかえのドライバーがするので、気にしませんし、食事の代金もメンバー割引がききます。
 10時過ぎに家を出て、午後2時過ぎには帰宅。シャワーを浴びて、クーラーの効いた部屋でビールを飲みなおす。過酷な地で勤務するご褒美として、心身の健康維持のための、ちょっと贅沢な週末なのです。

2017年7月17日月曜日

〇〇してみた

 ブログの更新を、まるっとひと月、放置してみた。
 先日、友人から、「つらそうな記事ばかりだね」と指摘されました。でも、楽しい事ばかりがある訳でもないので、いっそ楽しいネタが出てくるまで放置してみようと思ったのでした。
 日々生活しておりますので、なんやかやと出来事はありますし、この間、ちょびっとだけ日本に一時帰国したりしました。
 そして、言い訳になってしまいますけど、とにもかくにも暑いのです。
 最高気温は連日40度を超えています。夜中でも30度以下になる方が少ない。これがずっと続いていて、これからも続くのです。この部屋も、あっちの部屋も、廊下も、トイレも全部暑いのです。この「逃げ場がない」暑さは、地味に精神的に堪えます。エアコンはガンガン使っているのですけど、身体に力感がみなぎることなどなく、なんとなくボーっとしてしまう。
 それに加えて、生活パターンの変化が少ないこと。
 日曜~木曜まではお仕事、金曜日は40度の炎天下でゴルフと食料品の買い物、土曜日はフィリピン人の家政婦が家に来て掃除洗濯。これの無限ループです。
 。。。ごめんなさい。また愚痴になってしまいました。
 少し涼しくなったら、生活のモチベーションを上げていろんなことに取り組みたいと考えています。
 
 

2017年6月17日土曜日

ハン・ハリーリに行って来た

 エジプト最大規模と言われるハン・ハリーリという市場(スーク)へ行ってきました。
 市の中心、いわゆるオールド・カイロと呼ばれる地区に、それはあります。食料品、衣服、土産物、お菓子屋、水タバコ屋、カフェ、なんでもあります。
 
  地区の入口にはきれいなモスクが。今日は、通訳兼値引き交渉補佐として運転手に一緒に歩いてもらいました。なんでもかんでも値引きしないと、ふっかけてきますんでね。
まあ、なんだ。言ってみればアメ横みたいなもんです。
 狭い路地に、ところ狭しと様々な店が軒を連ねている訳です。中にはベリーダンスの衣装なんかもあって、ほんとにカラフルです。こういうところが好きな人なら、何時間も見て回るんだろうなと思うものの、今日の気温は37度。あまりの暑さに1時間ちょいでギブアップ。
 それでも、今日の釣果は、Tシャツ2枚(各350円)、女性が頭に巻くヒジャブ2枚(各300円)、そしてこのパピルス画(フンコロガシ=スカラベと、その神ケプリの2枚に猫のおまけを付けて全部で1800円)。まずまず満足です。